2007年2月28日水曜日

コンドルは飛んでいく El condor pasa

ポール・サイモンとアート・ガーファンクルがカバーしてヒットさせた曲♪コンドルは飛んでいく。原曲は1916年にペルー人作曲家ダニエル・アロミア=ロブレス(Daniel Alomía Robles)が先住民の音楽を基に、オペレッタのための序曲として作ったものです。

本来ならばこの曲は三部構成になっています。

一部:ヤラビ
二部:フォックス・インカイコ(またはパサカージェ)
三部:ワイノ

視聴 >>> プレイヤーズ天国
��無料専用プレーヤーのダウンロードが必要)




サイモン&ガーファンクルのバージョンは一部だけを抜粋して編曲したものです。アルゼンチン出身のロス・インカスというバンドが奏でる♪コンドルは飛んでいくに2人の歌声をミックスさせているのです。
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フォルクローレっていいよね?


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2007年2月27日火曜日

フォルクローレ folklore

アルゼンチン出身ギタリストで歌手でもあるアタウアルパ・ユパンキからフォルクローレという音楽を知ったために、フォルクローレ=アルゼンチンの音楽と勘違いをしていました。

フォルクローレという音楽は、アンデス先住民の音楽とスペイン系の音楽が融合して1950年代ごろに確立されたようで、先住民の人口が多いボリビア、ペルー、エクアドルなどのアンデス諸国のものが世界的によく知られている。ほかにアルゼンチン、パラグアイ、チリなどのフォルクローレも人気があり、地域によって独自性がある。
サイモン&ガーファンクルのヒット曲♪コンドルは飛んでいくはペルーのフォルクローレをカバーしたものだ。
フォルクローレの本拠地とされて、最も人気を得ているのはボリビアのものらしい。ロス・カルカス(Los Kjarkas)とういうボリビアのバンドに、宍戸誠なる日本人がチャランゴ奏者としてメンバーに名を列ねていて、バンドの日本語ホームページも存在しそこで貴重なライブ音源を堪能できるので、ぜひ覗いてみてほしい。
Los Kjarkas 音源コーナー


♪コンドルは飛んでいくやロス・カルカス(Los Kjarkas)の音楽は先住民の音楽が色濃く響いていると思われるのだが、アルゼンチンのフォルクローレ、アタウアルパ・ユパンキなどはスペイン色が強いように思う。ギター1本で歌い上げるユパンキの演奏は、スペインギターの魂を感じ取ることができるのだ。
ATAHUALPA YUPANQUI (いきなり音楽がなり始めます)
ARTIST direct_Atahualpa Yupanqui (たくさん視聴できます)

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日本のフォルクローレ人口は意外と多いのかもしれません。大学のサークルも結構あったり、たくさんのフォルクローレ関連サイトがありました。
日本のフォルクローレページ
フォルクローレリンク集 カサ・デ・ラ・パパ


世界中の音楽を楽しみたい気持ちはみな同じなのですね。

バーデン・パウエル Baden Powell

ボサノバをもっと知ろうとして、バーデン・パウエルのアルバム「Three Originals」を聴いた。

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このアルバムは
「Tristeza On Guitar」
「Poema On Guitar」
「Apaixonado」
とすでに発表されていた
��つのアルバムを
��つにまとめた作品


バーデン・パウエルはブラジルのボサノバギター奏者としてかなり有名だから、アルバム内の全28曲、これだけ聴けばボサノバエキスをかなり吸収できるだろうと思ったのだが─。

ボサノバオンリーではなく、ヴィラ・ロボスのようなブラジルギターの古典的要素も多分に含まれていて、ちょっと気軽に─とは聴けませんでした。

バーデン・パウエルは1937年に靴店を営むブラジルの家庭に生まれ、幼少のころからギターを始めて、正統派ブラジル古典音楽の教育を受けたという。2000年に死去するまで、ボサノバという範疇にとらわれず、幅広い音楽活動をしていた。

バーデン・パウエルにはボサノバエキスばかりではなく、ブラジル音楽そのもののエキスが含まれているのかもしれない。それは非常に濃いエキスなので、覚悟して聴くべし!

Baden Powell homepage >>> Brazil-On-Guitar


2007年2月26日月曜日

Nouvelle Vague

映画ではなく「ヌーベル、ヴァーグ」という音楽プロジェクトがあると知りました。Marc ColinとOliver Libauxの2人のフランス人が中心に立ち上げたらしい。

Nouvelle Vague
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1.Love Will Tear Us Apart / Joy Division
2.Just Cant Get Enough / Depeche Mode
3.In A Manner Of Speaking / Tuxedooom
4.Guns Of Brixton / The Clash
5.(This Is Not) A Love Song / P.L.L.
6.Too Drunk To Fuck / Dead Kennedy's
7.Marion / The Sister Of Mercy
8.Making Planet For Nigel / XTC
9.A Forest / The Cure
10.I Melt With You / Modern English
11.Teenage Kicks / The Undertones
12.Psyche / Killing Joke
13.Friday Night, Satuday Morning / The Specials
14.Sorry for Laughing / Jossef K


クラッシュ、デペッシュ・モード、XTC、キュアーなど’70年~’80年のニューウェーブと呼ばれた音楽をボサノバ風にカバーしています。
フランス語の“Nouvelle Vague”は─
英語では“New Wave”
ポルトガル語では“Bossa Nova”─
なかなかシャレたコンセプトアルバムだと思います。

個人的には素晴らしいカバー曲を聴けることは非常に喜ばしいと思っています。
オリジナルと比較できる喜び、オリジナル曲の良さを再発見できる喜び、生まれ変わった曲を堪能する喜び、そしてオリジナルを再び堪能する喜び…様々な角度から音楽を楽しむことができて、得した気分になれるからです。

このアルバムは、パンクやニューウェーブといわれる音楽が苦手な人に、ぜひ聴いてもらいたいです。そうすれば少しは聴かず嫌いが解消されるかもしれませんから。


http://www.nouvellesvagues.com/
オフィシャルホームページも非常にオシャレでした。


2007年2月24日土曜日

メルツバウ Merzbow

ノイズ音楽というものはなかなか理解できないものではありますが、その音を生で体感する価値はあるかもしれません。

��0年以上まえになるだろうか、僕は友人に誘われ新宿の小さなライブハウスにメルツバウを見に行った。メルツバウは秋田昌美という人のノイズユニットで、当時でも世界的に有名であった。
その日は、秋田昌美が改造ギター、名も知らない女性が小型テルミンというユニットだった。最初から終わりまで爆音。ウーハーを最大限に効かた重低音が、見ている者のすべての体を揺り動かしていた。決して比喩的な表現をしているのではなく、本当に音風で体がぶるぶる震えていたのだ。
最初はその爆音に恐怖を覚えたが、とめどなく体を揺らされ続けているうちに非常に心地よいものに覚えてきた。音のジャグジーに浸っている感覚。この感覚はいくらヘッドホンをフルボリュームにしても、自宅の5.1chをフルボリュームにしても決して体感できないものだ。
映画館で爆発音によって一瞬体が震える感覚を記憶しておられるだろうか?その震えがずーっと続いている感覚なのだ。
ノイズといっても様々な表情があるわけで、低音から高温へ、時に途切れ途切れに、と表情が変わるたびに体の震えも変わって、音の波というものをしっかりと捉えることができる。聴いたり見たりするのではなく、体感する音楽というのも存在するのだ。
言うまでもないことだが、ライブが終わった後の僕の耳はしばらく難聴だった。

言葉とか、あるいは最初に音源を聴いてから…とかではなく、とにかく体験してほしいのです。
絶対面白い感覚を味わえるはずです。
メルツバウ、秋田昌美という人はかなり活動的なので、もしかしたら近くのライブハウスで爆音を出しているかもしれませんよ。


Merzbow Official Site


2007年2月23日金曜日

4 American Composers

ジョン・ケージ (John cage)
ロバート・アシュリー (Robert Ashley)

フィリップ・グラス (Philip Glass)
メレディス・モンク (Meredith Monk)

��人のアメリカの現代音楽家が1983年にロンドンで行ったコンサート/パフォーマンスをもとに、ピーター・グリーナウェイがドキュメンタリーを作成。

ジョン・ケージ/ロバート・アシュリー
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フィリップ・グラス/メレディス・モンク



フィリップ・グラス/メレディス・モンク編を見ました。

正直にいうと、音楽およびパフォーマンスの面でみるとモンクの方が断然面白くて、一方グラスはものすごくつまらなく映っている。それは、モンクはもともと“見せる”ことを意識して音楽を作っているからであり、グラスは“見せる”ために音楽を提供しているが、自らはあまり映像を意識して作曲していないからであろう。それ故、グラスは純粋に音楽を追求していると言えるのかもしれないが─。
しかし、ドキュメンタリーとしてみるとグラスの方が非常に面白かった。それはピーター・グリーナウェイの手腕によるところ大である。
モンクは映画監督でもあり、パフォーマーであるので、彼女の作成した作品をつないでそれに彼女のインタビューなど加えると十分見せられるはずであり、事実そういった内容であった。
グラスは反復音楽を数時間という単位で淡々と演奏しているだけなので、ビジュアル的にはかなりつらい。だからインタビューのシチュエーションとか絵のつなぎ方を、グリーナウェイはかなり工夫している。インタビューでのインタビューアー、場所、背景をいろいろ変えて絵作りしていて、見ている者を飽きさせない。バレエ教室でのインタビュー、全面ガラス張り・バレエを練習している人が画面の中に入ってくる・インタビューしているスタッフ丸写し、といった設定などがあり、つまらなくなりがちなインタビュー映像も十分楽しめる。そして何より、グラスの語りが面白いというのが一番だ。

フィリップ・グラスは1937年にメリーランド州ボルチモアのユダヤ系の家庭で生まれる。6歳の時から音楽を始め、ジュリアード音楽院に進学、卒業後パリに留学して28歳までレッスンを受けたと語っている。
有名なシタール奏者・ラヴィ・シャンカールと出会い大きな影響を受け、インドへ行ったり、チベットへ行きダライ・ラマ14世に会ったりしている。彼は哲学も学んでいるらしく、音楽にもかなり哲学的な思考が内包されているのかもしれない。
ニューヨークでタクシードライバーもしながらラヴィ・シャンカールとともに仕事をして、インド音楽を吸収していきながら独自のスタイルを確立していったようだ。
初めてコンサートを開いたとき、その聴衆は6人でそのうち3人は家族だったと笑い話も語っている。活動初期は卵を投げられたり、相当非難を浴びたらしい。
「昔ならば現代音楽のコンサートにくる人数はせいぜい50~60人、それがいまや映画で使用した音楽を演奏するといっただけで6000人がくる」─自分の音楽が受け入れられていることを自負しているようだった。
何故、グラスの音楽は映画にもてはやされるのか、そして何故グラスが映画音楽へと突き進んでいったのか、その一端を垣間見ることができた。

映像でのフィリップ・グラスの演奏ステージ風景は非常に地味で、何の演出もなく、演奏者はただ椅子に座って淡々と演奏しているだけである。しかし、演奏が終了するとものすごい拍手が浴びせられていた。フィリップ・グラス、勝利の瞬間なのだろうか─…。

コヤニスカッツィ Koyaanisqatsi - Life out of Balance

フィリップ・グラスは数多くの映画音楽に携わっていますが、中でも映画「コヤニスカッツィ」ほどその音楽が中心的役割をなしているものはないでしょう。グラスの音楽がなければ、その映画は成立しないといっても過言ではないのです。

コヤニスカッツィ画像
Koyaanisqatsi - Life out of Balance
(1983年アメリカ)
監督:ゴッドフリー・レジオ
製作:フランシス・F・コッポラ/ゴッドフリー・レジオ
脚本:ロン・フリック/アルトン・ウォルポール
撮影:ロン・フリック
音楽:フィリップ・グラス/マイケル・ホーニッグ

コヤニスカッツィ~缶詰の映画
コヤニスカッティ(1983) - goo 映画


コヤニスカッツィとはインディアン・ホピ族の言葉で「バランスを失った世界」というような意味だそうです。つまりこの映画も現代文明を批判する趣旨で制作されたと思うのですが、実際に見ると文明の美しさを感じずにはいられないかも知れません。
文明の巨大建造物と自然とのハーモニー、フィリップ・グラスの音楽に合わせて、時として早回しの映像になったり、文明の力強さ・美しさ、僕の目は文明批判めいた主張を捉えることはできませんでした。

フィリップ・グラスの音楽は現代を象徴しているのだと実感します。
無機的・機械的、秩序正しく、複雑であるようで単純・単純であるようで複雑…。
グラスの音楽の好き嫌いはあるでしょうけれど、グラスが作り上げているものは現代そのものだということは確かです。ここまで明確に現代を描写し表現しきれている作家も珍しいと思うのです。彼の手法が、たまたま、現代文明というものにはまっただけなのかもしれませんが─。

��0分近く音楽と映像だけで展開する作品なので、最初から最後まで集中してみることはつらいかもしれません。決して集中して見なければならない作品とも思えないので、現代の窓として常に流しっぱなしで「コヤニスカッツィ」を楽しむのも一つの方法でしょう。