2011年2月27日日曜日

コンピュータラブ

Computer Love という題名の曲を2曲知っている。1981年クラフトワークが創り出したものと、1984年ザップ&ロジャーが創り出したもの。どちらも時代を先取りしたように捉えられて、なかなか評価が高いはずだ。個人的には、どれだけ聴いてもなかなか好きになれない2曲なのだが…。

最近、毎日のようにPCを触れていると、曲の良し悪しは別として、その発想はやはり先んじていたものなのかなと感じる。しかし、暴走したHALを創造したキューブリックのあの映画は1969年のものだということを考えれば、80年代という時代は、すでにコンピュータラブと感じていた人はかなり多かったのかなとも思う。

それからだいぶ経って、ようやく自分もコンピュータラブ的なものを感じている毎日。触らない日はないというのは当然のことで、触らない瞬間が減りつつあるこの現状では、偏愛と言わざるを得まい。

最近は、SSDをドライブCとしたPCを購入して、その恐ろしいまでの速さに感動している。2年前に購入したHDDのみで構成されているPCも、スペック的には新しいPCと遜色ないはずだし、実際、windowsエクスペリエンス・インデックスの数値でも、計算速度などにおいては前に買ったPCのほうが数値が上になっている。ただ、転送速度の数値が若干、新しいPCの方が上であり、その少しの違いが、体感的にはものすごい。

新PC購入後まもなく、windows7のサービスパックが公開・配布され始め、ほどなく、新旧2台のマイPCもアップデートを行った。新しいSSD搭載のPCは、驚くべきスピードでアップデート完了したのに対し、旧PCの方は、恐ろしいくらいにアップデートが遅い。あまりにも遅くて、日をまたいでしまうほど。それでもなお、再起動やシャットダウンに時間がかかり、手間取るPCをそのままに会社へ仕事に行って、帰宅してもなおシャットダウン中という異常さ。さすがにダメを出し、強制再起動すると、やはり致命的エラーが発生し、OS自体が起動しなくなる。回復機能などで、アップデート前に戻して、もう一度サービスパックを入れてみる。やはり、時間がかかったものの、なんとか半日でPCがシャットダウンして再起動までしてくれた。あとはログイン画面が出るのを待つだけなのだが、またもや致命的なエラー C000009A:~~~~・・・・などという意味不明の表示で固まってしまう。単にその段階をクリアするのに時間がかかっているかもしれない、と淡い期待を込めて、PCをそのままに会社へ─。通常の日勤時間をこなして帰宅してみると、出勤時の画面そのままの状態でPCが熱くなっていた。強制終了…そしていま、修復画面が延々と表示されている。

これは、単にSSD、HDDの問題ではなくて、単に古いものが壊れてしまったのかもしれないと、多少心が折れつつある。まだ2年、しかも分割払いがようやく終わったばかりなのに。

新旧は、SSDとHDDの違いのほかに、OSのエディションも多少違っていた。新しい方はprofessionalで古いものはUltimateである。どうやらUltimateでは、言語パックが原因で正常にサービスパックがインストールされないというような意見が、ネット上で散見できた。35言語に対応したとしても、自分には全く必要ないわけだから、アンインストールしよう。そう心に決めるも、一挙にアンインストールすれば再び致命的なエラーが発生するようだし、数回に分けてアンインストールしなければならないとの意見も…と、それよりもいまだ修復画面の旧PCは、いつになったら復旧するのやら…。また、明日まで放置することになるのだろう。

 

こうしてPCに振り回されながら、コンピュータラブな日々が続いてゆく─。


2011年2月26日土曜日

気になるコンサートの記録

テレビでハービー・ハンコックのライブ映像が流れていた。1997年のモントリオールでの演奏らしい。共演がマイケル・ブレッカー(ts)、ジョン・スコフィールド(g)、デイヴ・ホランド(db)、ジャック・デジョネット(ds)、ドン・アライアス(perc)といった超一流どころで、演奏の内容にかかわらず惹きつけられたのだが、その中身たるや当然のように素晴らしいものであった。

特に、ジョン・スコフィールドのソロなどは格別なものであった。

ハービーがリーダーであるだけに、最初、やや控えめに音を出していたジョンスコ。それが、途中ギターの弦を切らしてからというもの、抑制が利かなくなったというのかそれとも理性を失ったというか、何かジョンスコの脳みそまでもが切れたかのような激しい演奏に変わり、見ているこちらが唖然とさせられてしまった。ギターのチューニングは激しく狂っているであろうに、それを弾けば弾くほどに周りの演奏に調和してくるのだから何とも不思議。狂った音程を想定してのポジションどりなのか、完全なる勢いなのか全く判別できないのだが、次のことだけははっきりと認識できた。すなわち、ジョンスコはすごい、と─。

それ以来、なぜかウォークマンでどんな音楽を聴いても感動が薄いような気がする。もっと予想もつかないような展開を求めているせいなのか…。であるならば、コンサートやライブなどを求めていくことが一番かなと、とりあえず、気になるものを記録することにした。あくまでも個人的な興味と都合での選択だ。

 

■2011年3月7日(月)18:30開場 19:00開演

■□世田谷パブリックシアター

■□■ジョン・ゾーン、ビル・ラズウェル、雅楽道友会

 

■2011年5月28日(土)、29日(日)19:00開演

■□Bunkamuraオーチャードホール

■□■キース・ジャレット ソロ 2011

 

■2011年6月7日(火)19:00開演

■□Bunkamuraオーチャードホール

■□■ダニエル・ハーディング(指揮)/マーラー・チェンバー・オーケストラ

 

■2011年5月3日(火)~5日(木)

■□東京国際フォーラム

■□■ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン2011

■□■□113・114・214・221・256

 

 

 

 


2011年1月30日日曜日

BILL, RON and JOEY @ COTTON CLUB

 

imageimage

 

BILL FRISELL, RON CARTER & JOEY BARON
ビル・フリゼール、ロン・カーター & ジョーイ・バロン
1.26.wed - 1.30.sun
Showtimes : 7:00pm & 9:30pm
※1.30.sun showtimes : 5:00pm & 8:00pm
Bill Frisell(g), Ron Carter(b), Joey Baron(ds)


チャージ料金表
■自由席
テーブル席 : ¥8,400
■指定席
BOX A (4名席) : お1人様¥10,500
BOX B (2名席) : お1人様¥10,000
BOX S (2名席) : お1人様¥10,000
SEAT C (2名席) : お1人様¥9,500

 

 

初のコットンクラブ。東京駅から非常に近く、アクセスは最高。それ故に、午後9時半からのセカンド・セットを選択した。シートはボックスB。8時半開場に合わせて会場に向かうと、すでに長蛇の列。最後尾につくべく進んでゆくと、会場の中にまで入ってしまう。こんなことがあり得るのかと疑問を持ちつつも、会場の雰囲気を事前に見ることができる幸運をかみしめながら、内部を一望する。

内部は予想以上に狭い。まさにクラブという趣。これならばトリオ・ジャズに合っていると、期待は高まる。

並んでいる列の中に、ピーター・バラカン氏の姿を確認できた。音楽通のあの方も聴きに来るこのライブ。いやがうえにも期待が高まる。そしていよいよ列の先頭に・・・ところが、そこは会計のカウンターだった。つまり、ファースト・セットの終了の列に並んでいたわけだ。とんだ、赤っ恥をかいたが、あらかじめ中を見ることができたのだから、よしとしよう。

20分遅れで開場。通された席は、ステージを斜め左に眺める位置。近いし、ゆったりした座り心地。すぐに注文した、マンゴージュースとソフトシェルクラブのトルティーヤの味もよい。フルーツトマトとアボカドのサラダは、ドレッシングあまり好みではなかった。隣の知人が注文したギネスビールとスペアリブパイントセットが最もお手ごろ感があったように思う。味でも満たされ、後は演奏を楽しむのみ。

10分ほど遅れての開演だったろうか。3人がステージに登場。フリゼールとカーターのチューニングが終ると、バロンのドラムで静かに開演。

何曲演奏されたのか、はっきり覚えていないが、演奏されたもので知っているのは2曲だけだった。3曲目に演奏された、ソニー・ロリンズの♪NO MOE と、その次に演奏されたフリゼールの♪Steady, Girl だけだったが、全体の演奏は、文句なしに素晴らしいものであった。ひとりひとりの音色が非常に豊かであり、バロンのドラムでさえもメロディーが鳴っているように聴こえたほどだ。

全体にわたって、インプロヴィゼーションの応酬であったと感じられたが、3人の息も見事に合っていて、とくにフリゼールとバロンは何をやっても合ってしまうのではないかと思うくらいの阿吽の呼吸。さすがに長年組んでいたチームだ。この2人に割って入る巨匠カーターはどうなのかという一抹の不安も無用のもので、互いが互いに見事に合わせてしまう。音に関しては文句なし。

ただ、フリゼールが終始ドラム側を見ながらのプレイだったので、どのようにギターの音色が奏でられているのか全く分からなかったのが残念だった。バロンと楽しそうに演奏するのはいいし、それを見るこちらも確かにハッピーになるけれども、ちょっとはこちらを向いてほしかった。フリゼールがこちらを向いたのは、最後のメンバー紹介と、Thank you for coming というMCぐらい・・・当然演奏しているわけでもなく・・・無念。

何度も言うが演奏は素晴らしかった。70オーバーとは思えないカーターの超絶演奏に驚き、超トリッキーなバロンのドラミングに思わず笑みを浮かべてしまい、フリゼールの音色に感動させられた。形を崩そうとするフリゼールとバロン、それに対して崩すまいとするカーターの絶妙なせめぎ合いも感じられ、予想以上のトリオであった。

1曲のアンコールを終えると、時計は11時を指していた。約1時間20分の演奏。濃密な内容に大満足。比較的静かな演奏であったため、会場の反応も穏やかなものだった。しかし、会話の中に多大な満足感を読み取ることができた。この穏やかな空気感を楽しむために、このトリオを観賞しに来た、きっとみんなそう思ったに違いあるまい。

この貴重な時間と空間を与えてくれた、ビル・フリゼール、ロン・カーター、ジョーイ・バロン、そしてコットン・クラブに、感謝。

 

DSC_0055


2011年1月1日土曜日

一年の計

 

年賀状2011

 

 

東急ジルベスター、今年はまさかのマーラー交響曲第2番。炎のコバケン登場。まさか、再びコバケンの復活を見ることができるとは思っていなかったので、かなりの興奮でもってテレビに集中していました。

>>人生七十古来稀なり

終わりが見えそうでなかなか見えないマーラー“復活”で、果たして0時きっかりに演奏を終えることができるのかどうかと、例年以上にハラハラドキドキ─。しかし、そんな心配をよその、当然の如く1月1日午前0時に演奏終了。アプローズ。

ということで、ことしの出だしはテレビで音楽、まぁここ最近毎度のことですが…。“復活”の次はヴェルディの“乾杯”。これがことし一発目の音楽。次はリストの“愛の夢”というところで、録画しているし、とりあえず別のことしようと思い、走ることにしました。

ランニングはすでに習慣となっていますが、まずは元日に走っておかないと、ことし一年続かないかなと思っているわけです。ここ最近、走るペースも一日おきになってきているし…。距離は10キロを保ち続けているとはいえ、ペースが時速11キロから上がらない。一度だけ時速12キロで10キロを走りきったことがあったが、ものすごくつらかったわけで、あれ以来、どうしてもペースを上げることができない。速さはともかく、距離をもう少し伸ばすことを考えてみようか─。ちなみに、今日の記録は、10キロを52分、時速11.5キロ。ここ3日間、まったく同じ記録。故に、もう少し速くか長くできるかもと思うのは容易でも実際にはかなりの勇気と無理がいるわけです。ガンバろ。

テレビ、音楽、ランニング。これがことしの生きる道、ということで宜しくお願い致します。


2010年12月25日土曜日

愛はきらめきの中に

今月初頭にビージーズの特集番組を見て以来、ここ最近はアルティメイト・ベスト・オブ・ビー・ジーズ-デラックス・エディションばかり聴いている。

2003年にモーリス・ギブが急逝した時には、残されたバリーとロビンはショックのあまり、もう歌わないといった趣旨のコメントを出していたように記憶しているが、番組内のインタビューでは思った以上に新しい音楽をつくりだすことに情熱を燃やしながら、明るく受け答えしている姿があまりにも嬉しくて、ビージーズに再びはまってしまった。

 

毎年、クリスマスになると、ビージーズの♪HOW DEEP IS YOUR LOVEを思い浮かべる。

田舎から上京した最初の年のクリスマス、ひとり、古びたアパートの四畳半で、MTVのクリスマス・スペシャルをじっと見つめていた。その時流れていた♪HOW DEEP IS YOUR LOVEが心に染みた。

 

時を越え、3人が2人になり、そのふたりの姿かたちも大きく変わった…

 

かれらは、R&Bやソウル、そしてビートルズなどから強い影響を受けたという。サタデー・ナイト・フィーバーやステイン・アライブの印象がぬぐえなかった自分などには、意外な気がしたものの、あらゆる時代のビージーズを聴きこむと、なるほど納得。

「常に変わり続けること、それが重要」とふたりは語っていた。このアルティメットこそがそれをよく物語っているように思ってしまった。しかしながら、どうしても80年代後半以降の音楽は飛ばしてしまう。生の素晴らしい歌声には、生の音じゃなければ、どちらも負けてしまうということなのか…。

 

 

なんだかんだいっても、シンプルなこの曲が一番かな。

 


2010年12月24日金曜日

Animals

ことしは卯(うさぎ)との戦いだ。

とにかく、あやつらの姿かたちを捉えねばと、カメラ片手に上野動物園にでも行ってやろうかと思う。しかし、この時季、果たしてその姿を目にすることができるのか。生の姿を見ることができないのであれば、なにもそこへ行かずともいいわけだ。まぁ、現代の動物園ともなれば、温度管理された施設の中で、時季を越えて飼育されているのかもしれないが、不確定要素が見え隠れする目標地点へ向かうのがためらわれる。うさぎを見るために動物園に行くのもどうかと…。

なにはともあれ、動物園はなしにして、ほかの卯を貪った結果、さいたま市浦和区にある「調神社」に行き着いた。「つきのみやじんじゃ」と呼ばれることも…、なんか聞き覚えがあると思うのも当然で、かなり有名な神社。知らない自分がマイノリティーだったのか─。有無を言わさず、取材場所が決定。

長い道中は、当然のごとく音楽で気を紛らす。セレクトしたのはピンク・フロイドの「アニマルズ」。この中には、豚と犬と羊しかいない。それら3種の動物を人間に例えて、社会を痛烈に批判したアルバムだとか。ウサギを人間に例えることは、決して難しいことではないだろう。

 

1. 翼を持った豚・パート1

2. ドッグ

3. ピッグ(3種類のタイプ)

4. シープ

5. 翼を持った豚・パート2

 

バニーガールというのは、その発祥はやはり「PLAYBOY」からだったのか─。

「PLAYBOY」と連動企画で始まった高級クラブ「プレイボーイ・クラブ」で初めてバニーガールが登場する。1960年にシカゴに一号店が登場する。つまり、「アニマルズ」がリリースされた1977年当時は、バニーガールは社会に浸透していたと想像されるわけで、ウサギで社会風刺をすることも可能だったわけだ。とはいえ、野郎ならばそんなことをするはずもないか─、と勝手な夢想…。

さて、話はそれたが、いざ浦和。

 

調神社

 

御布施五百円也

 

 

そして、取材の甲斐あって、年賀状作成も無事修了。

なんとか25日間に合った。


2010年12月9日木曜日

ジョン・レノンの日

ジョン・レノンの日をつくるとするなら、どうしても12月8日になってしまう。殺害された縁起でもない日であり、せめて生れた10月9日を指定するべきだと思うのだが10月9日はすぐに忘れて、12月8日は決して忘れることができないのだから仕方がない。

とはいえ、自分がビートルズやジョン・レノンの音楽を聴くようになったときには、すでにジョンはこの世にいなかった。凶弾に倒れたその日、鼻たらしのガキんちょとはいえしかっリとした自我は持っていたはず。しかし、悲しきニュースがあったかどうかの記憶もない。だから当然、わずかながら重なった命ある時代のことも知る由もない。そのことが、一層悔しさというか愚かしさというか、どうにもやるせない負の気持ちを増大させる。それでも、ジョンとともに生きてきた人の気持ちを考えたら、自分が感じる負の気持ちなどはとるに足らないものなのだろうが…。

 

ダコタ・ハウス

 

二ール・ヤングと♪イマジンが妙に合う

 

 

♪イマジンの映像はこれ以外に考えられない