2008年3月7日金曜日

チック・コリアかマーク・リボーか

最近のアルバムで気になったものが2つありました。

Duet
チック・コリア&上原ひろみ
画像
CD1
1.ヴェリー・アーリー
(ビル・エヴァンス)
2.ハウ・インセンシティヴ
(A.C.・シ゛ョヒ゛ン他)
3.デジャヴ
(上原ひろみ)
4.フール・オン・ザ・ヒル
(レノン/マッカートニー
5.ハンプティ・ダンプティ
(チック・コリア)
6. ボリヴァー・ブルース
(セロニアス・モンク)
CD2
1.ウィンドウズ
(チック・コリア)
2.古城、川のほとり、深い森の中
(上原ひろみ)
3.サマータイム
(G.&I.ガーシュウィン他)
4.PLACE TO BE
(上原ひろみ)
5.ドーモ(チルドレンズ・ソング #12)
(チック・コリア)
6. スペイン
(チック・コリア)

2007年9月24-26日
ブルーノート東京にて
Exercises in Futility
マーク・リボー
画像
1. Etude #1 five gestures
2. Etude #2 morton 1
3. Etude #3 elvis
4. Etude #4 bombasto
5. Etude #5 lame
6. Etude #6 cowboy
7. Etude #7 ballad
8. Etude #8 groove?
9. Etude #9 morton 2
10. Etude #10 min
11. Etude #11 ascending
12. Etude #12 mirror
13. Etude #13 wank
14. Etude #14 event on 10th avenue
15. The Joy of Repetition


二つを見つめながら、ピアノかギターか─…、非常に悩みました。ギターアルバムのほうが断然好きなのですが、「Duet」の曲目にものすごく惹かれるのです。
正直、チック・コリアはほんの少しだけ・上原ひろみに関しては、全く耳にしたことがないというのが実情で、「Duet」に魅力を感じるのは筋が通ってないように見えるかもしれませんが、未知のものだからこそ、強く惹かれるところもあったのです。
一方、マーク・リボーのほうはというと、アバンギャルドなギタリストで、多少取っつきにくいところがありますが、最近はキューバ音楽に傾倒しているようで、アルバム「Marc Ribot
Y Los Cubanos Postizos
」などでは、まさにキューバ音楽を独自の方法で作り上げた素晴らしいアルバムでした。非常に気に入っているので、この新作も非常に期待をしてしまうのです。しかし、この曲目は、明らかにアバンギャルドの香りがぷんぷんします。
さて…

どんなに悩んでもどうせ両方聴いてしまうわけで
とりあえず、安全に
チック・コリア&上原ひとみ「Duet」っていうことで─




2008年3月5日水曜日

藤枝守とジョン・ケージ 声明で聴かせる 3月1、2日

ようやく正しい情報が発信されたようです。

asahi.com:藤枝守とジョン・ケージ 声明で聴かせる 3月1、2日

asahi.com にメールで投げかけた疑問
朝日新聞社・東京広報部より、それに対する回答が届きました。

「朝日新聞をご愛読いただきありがとうございます。
ご指摘ありがとうございました。訂正いたしました。
��中略)
これからも朝日新聞をよろしくお願いいたします。
朝日新聞社 東京広報部」

新聞はここ数年全くとっていません。
だから新聞自体は愛読などしていませんが
ウェブから記事を読んでいれば同じことなのでしょう
丁寧な回答を頂いたと思ってます。

その数時間後─
インターフォンが鳴り、出ると
「朝日新聞130周年の記念キャンペーンを兼ねて
購読をおすすめに伺いました」と─。
あまりにもタイミングが良すぎはしないか…
無論、即座に・丁寧にお断りしましたが、あまりにも…


さて、
藤枝守とジョン・ケージ 声明で聴かせる 3月1、2日
自分は1日の公演に行き、その記事も載せました。
��>砂のマンダラ「夜の歌-龍安寺」を聴いてきました
文字ばかりでイメージをつかみづらいと思います。
藤枝 守自ら、自身のブログにこの公演の詳細と
写真を掲載していたので、ぜひそれを見てください。
藤枝守の日記:スパイラル声明公演「砂のマンダラ」

エイジア ニューアルバム「Phoenix」を視聴しよう

画像

Aから始まりAで終わるアルバムタイトルの法則は消えてしまいましたが、ジャケットデザインはやはりロジャー・ディーンでありました。
ヨーロッパで4月11日
アメリカで4月15日
日本では4月23日の発売予定だそうです。

01. Never Again
02. Nothing's Forever
03. Heroine
04. Sleeping Giant / No Way Back / Reprise
05. Alibis
06. I Will Remember You
07. Shadow of a Doubt
08. Parallel Worlds / Vortex / Deya
09. Wish I'd Known All Along
10. Orchard of Mines
11. Over and Over
12. An Extraordinary Life

以上の12曲が収録されていて、ボーナストラックなどが付随されるようです。もはやアルバムは完成しているも同然と言えるのでしょう。
彼らの公式ホームページで
Never Again
Nothing's Forever
Shadow of a Doubt
An Extraordinary Life
この4曲を試聴できます!

エイジア ニューアルバム「Phoenix」を視聴しよう!!


あとは彼らが元気な姿で来日するのを待つのみです。

エイジア 2008年来日スケジュール UDO


2008年3月4日火曜日

asahi.com に問い合わせ中─

2008年2月29日に書いた記事

「藤枝」が“藤森”と記した朝日新聞電子版の記事に疑問を感じつつ
しばらく様子を見ていようと思ったのですがー…
画像

全く記事が変化することがないので
“藤森”には大いなる意図があるのではないかと気になりだしたので
asahi.com に問い合わせのメールを出してみました。

さて、どのような回答が返ってくるのでしょう。

ちなみに、記事に書かれている公演を実際に見てきました。
��> 砂のマンダラ「夜の歌-龍安寺」を聴いてきました
非常に素晴らしいものでした。そういった意味で
asahi.com の情報は自分にとって大変有意義なものだったのです。
もしや、これは戦略なのか─
と思うのは、考え過ぎでしょう。

2008年3月3日月曜日

A UN


画像阿吽の音 A UN


音楽家・鳥養 潮と聲明四人の会が共同でつくり出した
音楽世界を体感した。

一部
1. 入堂 (Entrance)
2. 阿吽 I (A UN I)
3. 阿吽 II (A UN II)
4. 阿吽 III (A UN III)
5. 阿吽 IV (A UN IV)
二部
6. 唄・散華 BAI・SANGE
7. 行道~光明真言 GYODO - KOMYOSHINGON
8. 終章 Epilogue

一部では密教における阿(ア)吽(ウン)唵(オン)という音を象徴的に引用、さらに光明真言におけるサンスクリット梵字二十三音による呪文「オン・アボキャ・ベイロシャナウ・マカボタラ・マニ・ハンドラ・ヂンバラ・ハラバリタヤ・ウン」という音が組み合わされた構成。声による音は、この2要素しか使用していない。
阿(ア)─永遠を意味し
吽(ウン)─「阿」の対語で無間の空間を意味している。
つまり「阿」「吽」には万物にそなわる全ての音声が包含している。
「唵」(オン)─梵であり宇宙の根源・万物を表しており
この3音に限定し、根源的なもの、音楽でいうと“発音"というものにスポットが当てられている。3音に呪文が加わり、シンプルでありながら重厚な世界が展開されている。
二部では伝統的な声明というものにスポットが当てられていて、一部よりも豊富な歌声を耳にすることができる。楽器の演奏もより激しくなり、鳥養 潮が作品全体のテーマであると語っている“身体性"と“時間の集積"というものを実感できるだろう。

この作品はスパイラルホール「聲明(しょうみょう)」コンサートシリーズで演奏されている。その公演は、音のみならず、視覚的な効果においてもあらゆる演出が試みられていたようだ。
��演出・構成:田村博巳)
※「阿吽の音」公演の実際の画像ではありませんが、参考までに─
��> visual creation PLASTIC RAINS (by たきしまひろよし)
   聲明の会・千年の聲

2008年3月2日日曜日

砂のマンダラ「夜の歌-龍安寺」を聴いてきました

スパイラルホール「聲明(しょうみょう)」コンサートシリーズ
今回が16回目だという。
それほど続いているということは、なかなか好評なのだと想像つくが
今まで知らなかったということもまた事実
不安と期待の中、開演ぎりぎりでスパイラルホールに到着した。

柔道や剣道の小さな道場ほどのスペースに
メインの舞台が中央に位置し、その周りを観客が囲んでいた。
客席はほぼ満席状態だったが
中央の舞台の真ん前に空席がちらほら見えたので
最前列のど真ん中にあぐらをかいた。
客席と舞台には段差などなかったので
少しでも足を伸ばしたのならば、舞台に足が入ってしまう位置
座禅をするような格好で声明を聴くのも面白い
薄暗い光がさらに暗くなると、何やらスースー息が聞こえてきた。

藤枝 守が「夜の歌」を作曲したのは1993年
この世は第五世界で、その下に第四、三、二、はじめの世界と
五層のコスモスが重なっていて
はじめの世界に生まれた生物が順々に上の世界に上ってくる─
そのようなネイティブ・アメリカン、ナヴァホ族
創世神話に基づいて作曲されたもの。
ナヴァホ族は儀式の中で「砂絵」を用いたようで
すなわち、チベットの「曼荼羅」と同様のものであり
そのことから“砂のマンダラ"と題した公演となっているようだ、

スースー、ハーハー、息の音が四方から聞こえてくると
正方形の舞台の四隅に、4人の僧侶が椅子に腰を下ろした。
しばらくすると笛をスースーかすかにふかしながら
白装束の演奏者が非常にゆっくりとした歩調で舞台の外周し始め
��0分ほどかけて、舞台を一周した。
その間、聞こえるのはかすかな息の音だけ

今回、藤枝 守は
アメリカの女性作曲家ポーリン・オリヴェロスが考案した
「ソニック・メディテーション」という演習方法を実践─
「音に集中」し「聴くこと」が深まり
より多くの物事に対して鋭敏になり「気づき」を広げる。
人の声の原点である呼吸を整え観察することによって
身体の微細なゆらぎを感じたり
他者との一体感をともなったコミュニケーションが可能になる。
─「聴くこと」「発すること」の相互的の関連の中で
自分たちは世界とつながり合っていると感じたようだ。

呼吸の音が響いている中
言葉とも似ても似つかない唄が歌われ出した。
そしてまた、白装束の笛吹が舞台を外周し始め
長い外周の後
舞台のちょうど真ん中に別の白装束の演者がゆっくり座り
拍子木のようなものをランダムに鳴らし始めると
いつの間にか舞台の外側の四隅にさらに4人の僧が立っていて
これもまた言葉とは似つかない声で歌い始めた。
呼吸から他者との一体感・コミュニケーションへと
発展しているかのよう。

言葉とは似ても似つかないもの、それは─
オホホホ ヘヘヘ ヘイヤ ヘイヤ
エオ ラド エオ ラド エオ ラド ナセ
オワニ ホウ オウオウ オエ
エオ ラド エオ ラド エオ ラド ナセ
というナヴァホの儀礼歌に基づく呪文だという。
「意味のないコトバ」それは「魔法のコトバ」
「超言語」により深い精神で交信を図ろうとしている。
“呼吸"と“超言語"
それが今回の最大のテーマであるようだ。

拍子木が終わり、4僧の呪文も終わると
またも白装束の笛吹…
今度は2人の僧を後ろに伴っている。
��僧は自分から向かって左端と右端に向かい合って座り
鐘や木魚など打楽器を担当し始め
白装束の笛吹が1周目を終え2周目に…
今度は1人の女性を後ろに伴っている。
その女性、舞台にあらかじめ設置してあった琴の前に
程なく、歌声・打楽器・琴・その他あらゆる音が…
まさに音の重なり・うねりが始まった。
どうやら、ジョン・ケージ「龍安寺」であったようだ。

ケージの「龍安寺」は
声、オーボエ、フルート、コントラバス、トロンボーン
など様々なバージョンがあるようで
今回は声の「龍安寺」の楽譜を用い、打楽器と声明で演奏された。
「夜の歌─龍安寺」は、声明の日本最古の記録である
荘厳な四箇法用「如来唄・散華・梵音・錫杖」の形式を踏まえ
演奏されていたようだ。確かに4部構成だった。
「龍安寺」は3部・梵音の個所で演奏されていたのだ。

白装束の笛吹が再び外周し始める
今度は高僧らしき演者を伴っている。
最後に登場したこの僧、歌いながら
演奏している演者の一人一人の前に赴いて
手にしている花びらのようなもをハラリとまき散らす。
全ての者の前を回り終えると、ちょうど自分の目の前
背中をこちらに向けてゆったりと座る。
にぎやかだった音が静かになると
琴のメロディーとともに、最後の僧が歌い出す。
これまでにないくらいに、理解しやすいメロディーで
しかも、何やら意味のある言葉で歌っていた。

「すべて 生きるものに
 いのちを吹き込むのは 風」
「体内の風 吹き止むとき
 ひとは言葉を失い そして 死ぬ」
ネイティブ・アメリカンの詩が詠唱されていたようだ。
呼吸こそが生きることであり
呼吸こそが全てのものの根源だと知らされた瞬間だった。
ゆったりとした中で、禅に似た緊張と堅苦しさに耐え
そして最後に解放され、緊張が安らぎに変わる─
不思議な感動が全身を覆った。

全てが終わると、再び呼吸の音だけが響き
周りが闇に包まれた。

2008年3月1日土曜日

藤森守とジョン・ケージ 声明で聴かせる 3月1、2日

朝日新聞ウェブ版、文化・芸能の記事の中に
「藤森守とジョン・ケージ 声明で聴かせる 3月1、2日」
という見出しを見つけました。

ケージ声明(しょうみょう)─非常に気になる組み合わせ
大いに興味を持ったのですけれど
それにしても、藤森守って誰?
というわけで、記事をよーく読んでみました。
画像
※敢えて記事の画像を転写させていただきました。

現代音楽の作曲家・藤枝 守
彼の記述を謝って「藤森 守」と記載しているようです。

自分も入力ミスはしばしあるので、人のことは言えませんが
情報発信元の新聞社なのだから、すぐに訂正されるだろう
と思った分けなのですけれど
��日経過してもなお訂正されていません。
藤森守とジョン・ケージ 声明で聴かせる 3月1、2日(asahi.com)
これほどまでに堂々と“藤森"と記載されていると
何か意味があるのかと思ってしまうのですが
いくら読んだり調べてみても、「藤枝」とすべきだと─。

面白そうな公演を発見したので、私個人にとっては幸いでしたが
藤枝 守にとって何もいいこと無いような気がします。

記事で紹介している公演は明日と明後日
��月3日ひな祭り
もう一度この記事をのぞいてみましょうかねー。

砂のマンダラ『夜の歌―龍安寺』